花冠 (お侍 拍手お礼の十一)

       *“お母さんと一緒”シリーズ?
 


萩に撫子、女郎花
(おみなえし)。濃青の竜胆(リンドウ)に桔梗に、野菊。
秋錦が山を彩るように、野には可憐な花々がその艶を競うておろうこと、
知ってはいたが、残念ながら、
野伏せりへの対抗策を充実させることで大忙しの今は、
まじまじと見惚れていられるほどの、暇も余裕もさっぱり無くて。

 ――― だからして。

ぬっと突然の、気配もなしに、
すぐ鼻先へと顔を出した彼の…頭を見たシチロージが、
この時ばかりは息を引き、
「………。」
しばらくほど、唖然として固まってしまったのも無理はなく。
「あ…えと…。」
先に挙げたる可憐な花々の数々が、
色とりどりなのがいや映える、
今頃の稲穂の海ともよく似た彼の金色の髪のあちこちへ、
それは無造作に何本も何本も、差し込まれていたからで。
「それは…。」
一体どうされたかと、一応は訊きながらも、
何とはなく、犯人の予想はついてもいたシチロージだったりし。
この彼を恐れもしないでこういうことが“出来そうな”人物となると、
“アタシやカンベエ様も含めて…結構おりますが。”
内心で指折り数えつつ、そんなにも居ることへの苦笑がふと零れたものの。(笑)
今の今、こんなことをしていられる余裕があると限れば、

 「もしやして…コマチ殿か?」

途端に、頷くというよりも溜息混じりに項垂れるという感のある、
力ない俯き方をして見せたのは、
夕方も間近い頃合いに、こそりと詰め所の裏手へ姿を現した、
裾長の紅衣を痩躯にまとい、
その背に双刀を背負いし佇まいも悠然と凛々しき…はずの、
金の髪した若いお侍様だったりする。

 ――― 凛として端然。

それは鋭角な面差しを堅く凍らせて、滅多に笑いも怒りもしない。
寡黙で冷然としたところが、いかにも恐持てな お武家様。
それぞれに個性とりどりな7人のお侍様たちの中、
最も取っ付きにくそうな空気を漂わせておいでのお人だというに。
その髪へと…緋色に黄色、白に青、
花生け代わりにして飾ったかのように、
茎のところで摘まれたお花たちが何本も、
実に無造作に差し込まれてあり。
これが当のお嬢さん方やシチロージあたりだと、
真っ直ぐな髪には引っ掛かりがないがため、あえなくもすべり落ちたろうけれど。
手入れが悪いからか、それとも縮れている質なのか、
ふわりとした彼の髪だと不思議と落ちず、結構しっかり留まっている。
「こんなお花まであるんですね。」
シチロージが ついと指先に摘まんで引いたは、
淡い緋色が可憐なれど、結構自己主張の強い花。
瑞々しい花びらの質感が、練絹のようにぼったりしているそのせいで、
その色味をびろうどのように、
若しくは、乾き切らない油彩のように厚くも見せていて。
「これは秋の桜、コスモスというんですよ?」
たくさん、群を成して咲いてたでしょう? そうと訊くと、
ふりふりとかぶりを振る次男坊。
気のせいだろうか、花が落ちないようにとの加減をしており、

「…そうか、お花があったところで構われたわけじゃあないのですね。」

これは後で判明したことだが、
北の古廟へと連なる小道の入口、小さな地蔵のある広っぱで、
コマチとオカラとが木立に凭れて転寝していた彼の傍らに屈み込み、
お花をどうぞという悪戯をしていたらしく。
『何てことを。』
通りかかった…というか、もうそろそろ夕方だとあって、
晩のお当番の方々へ夕餉のおむすびを配らねばと、
新しい作業場へ歩んでいたキララが見かけての大慌て。
いけませんと叱って引き剥がしたのだそうで。
「そうでしたね。あの奥の岩場からも、堡に使う岩を穿り出し始めてました。」
無論のこと、子供らには、
作業場は危ないから近寄ってはならぬと周知徹底してあったけれど、
あの二人のお嬢ちゃんはどうにも跳ねっ返りで行動派なその上に、
キクチヨを追い回してのつい、
大人たちからの申し送りを聞く場にいないこともあり。
それで、そんなところに居合わせた子らであり、
「目を離す訳にもいかぬと、思われたのですね。」
あんな小さなお嬢さんたちの、
それは無邪気な気配を拾えない彼であろうはずがなく。
急所だらけの頭を覆う、髪にひょいひょいと触れさせるなど言語道断。

 ――― ということは。

彼女らが去ってからこそりと眸を開け、此処へ来た彼だということになる。
この先は危険だから帰れと口で言って聞かせればよかったものだが、
どうせそろそろ誰か大人が通るだろうと見越し、
それまでの引き留めにと、入口近くの木立にわざとらしくも座ってみた。
そんな様子がシチロージの脳裏へもあっさりと浮かび、
「子供を叱るのは苦手ですか?」
訊くと、
「…。」
答えずに、だが、自分の胸元へと手をやる彼で。
見やればそこにも…服の色に重なっていて気づかなかったが、
深紅の秋桜が差してあり。
「ああ、そうでしたか。それをもらったのですね?」
花を摘むのも人へとあげるのも、悪いことではないとしたのに、
その直後に叱るというのは、何とも間が悪いような気がした…のだろうか。
“…可愛らしいことを。”
そんな機微など関係なく、
それはそれ・これはこれだと冷然とした態度を取ればいいものを。
花を見たら叱られたことを思い出すほど、怖い思い出を作らせるより、
賢い子らだ、お侍様がこんなところでどうしたのかなぁと、
足を止めてくれる方に懸けてのこの結果だということか。
「その場で払いのけて来なかったのも、
 後でそれを見たらお嬢さんたちが傷つくと思ったのですね?」
身の軽い彼のことだから、
梢の先を渡って来れば誰の目にも留まらぬだろうが、
それにしたって、
この成りのまま、此処まで戻って来たとはいい度胸だろう。
現に、ちょっとばかり困ったというお顔でいるほどだから、
風体へなんて関心もなく、気にしていない…という彼では無さそうなのだし。

 「お似合いですよ?」
 「…。///////」

いくら 気に入りのシチロージからの言であれ、
くすくすと笑いながらと来ては、冗談口かお追従だというのもバレバレで。
真っ赤になってますます俯いてしまった彼へ、
「ああ、ごめんなさいです。そうですね、取ってしまいましょうね。」
そうと言って手を伸ばし、無体な“芸術”の解体にかかる。
「ここは…ちょっと絡まってますねぇ。」
ばさばさと、取った端から足元へ落とし…とするのではなくて。
1つ1つを丁寧に、それこそ摘んでは片手へと収めてゆくシチロージであり。
「………。」
そんな彼の手元を、妙に、和んだ眼差しで見やっていた次男坊。

 “さては…。”

野辺に咲く花を見て、
それを摘む…というのはさすがに思いもつかなかった彼だけど。
悪戯されたその成果
(?)へ、
これをこのまま、母上へ持ってくというのはどうだろかと、
僅かにでも思ってのことかしら、だなんて。
“まさかねぇ…。”
あり得ないとは思いつつ、それでも…それでも。
手元にちょっとした花束ほども集まりし、優しい色合いの花々を見下ろして、
ふっとその口許を柔らかくほころばせたおっ母様であり。

 ――― そして。

詰め所の水口、洗い場の傍らに、
一升徳利を花瓶の代わり、
秋の花々がちょこりと飾られた夕べだったのでありました。




  〜Fine〜  07.1.25.



  *未来のお話みたいなので、
   コスモスやガーベラもありはするかなと思いまして。
   (さすがに野辺にガーベラは咲いてなかろうけれども…。)
   綾磨呂さんチでは、
   それは富貴で豪華な花ばっか見て来た久蔵さんだと思います。
   しかも、単なるインテリアでしょうから、
   じっと眺めて愛でるようなお人は少なかったかも。
   野辺のお花に“わあvv”とはしゃぎ、
   一番大きくてきれいなコスモスをと、
   わざわざ選んで“どうぞvv”とくれたコマチちゃんを、
   すぐさま叱るのは…さすがに気が引けたんでしょうね。
(笑)


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